
こんにちは、鈴豆です。
ついこの間まで暑いくらいの日もあったから、実感が無かったけれど…お店とかはすっかり年末の雰囲気ですね。クリスマスケーキに年賀状にお節…。
先日、「昔はお母さんが家で洋服を仕立てていくれていたけど、今家で服を作るって、余程それが趣味の人位じゃないですが。料理も、「時短」「タイパ」と冷凍食品などの市場規模がドンドン膨らんで行って、家で料理なんて『一部の趣味にしている人』しかいなくなるんでは?」ってテレビで言ってて、ちょっと目から鱗。
ただ、家で作らなくなる事の何が悪いのか?とも思わなくもない…、服って買うより作る方がむしろ生地代で高くつくし、「お母さん」は家の中で家の事だけをするのが当たり前になってしまう。家の事を頑張るのが悪い訳じゃ無いんですが、昔だと「女性も外に出て働く」という選択肢そのものが無かった。
家事はどんどん時短して、仕事に出るのだけが正義みたいな風潮も疑問に思います。「丁寧に料理を作ったり、手作りの洋服や手芸を頑張りたい」のも「働きに出て稼ぎたい」というのも、どちらも正しいし、どちらも非難される事では無いんじゃないかな。今の「働いて稼いで税金納めろ、遺族年金も加給年金も廃止して、厚生年金自分でかけてないやつは勝手に老後〇ね」みたいなの、凄く怖いなぁ…。
で、料理を家で作らない事の何が悪いかと言うと、どうしても出来合いの物とかだと揚げ物が多すぎたり、冷凍でも野菜が圧倒的に足りなくて炭水化物過多だったり…栄養面ではまだまだ不安があるって所かなぁ。やはり「食べ物=薬」みたいなものだもの。それにアレルギーや病気やダイエットなどで色々気を付けないといけない人が食べられる出来合いの物ってまだまだ少ないので…、出来合いの物でも健康には全く影響しません、ってなれば家で作る意味は減るんじゃないかな、とは思います。
「一部の趣味にしている人しか作らない」って、「お節」ってもうそういう立ち位置になって来てるんじゃないかなぁ…って感じるんですが、まだお節撤廃は出来てない自分。一人暮らしだったら絶対絶対作らない…!!三が日位お雑煮とレトルトやカップ麺で凌ぐわ~。
…といっても作るのはほんの一部でほとんどは出来合いの物を詰めてるだけだったりはするんですけど(;^ω^)。
松浦だるま先生の「累」、3巻までラインマンガの方で無料になってたので一気に読んで、その後もプレミアムチケットが結構貯まってた+複数端末使用で最後の方だけポイントも消費しつつ読みました(最後の方だけ先に読むとか、いつもながら邪道)。勿論途中も追々読むつもりです。
テンポが良いから読みやすいです!!
最後の舞台って何となく「紅天女」を彷彿とさせるなぁ~、日本の歴史物で伝説物なあたりとか、内容は全然違うけど。
ちょこっとだけネタバレになるかもしれないのでご注意…。
ヒロインの「かさね」は今まで借り物の美しい顔ありきで数々の舞台を成功させ喝采を浴びて来た。演技の才能がどれだけあろうが、元の醜い姿では得られない物だった。だけど、最後の舞台で、かさねは元の醜い顔のままで醜い顔の役を演じ切り、今までにない拍手喝采を浴びることが出来た。
これからは借り物の顔なんて要らない、本当の自分のままで演技していきたい。
演出家の「羽生田」も、今までは「美しいかさね」にしか価値が無いと思っていたけれど、これからは本当のかさねと舞台を作っていきたいという希望を持つ。
おお、これはハッピーエンドに??って思ったら…、やはり今までの悪事はそれを許さなくて…、みたいなラストでした。
ネタバレここまで。
これを読んで、凄く思いだしたマンガがあって…マンガと言っても
「私が小学生の時にノートに描いた落書きみたいなマンガ」
なんですけど、主人公が文化祭の「シンデレラ」の役が欲しくて、何人も人を殺して(手を下したわけじゃなくて「念じただけ」なんですが)、最後はシンデレラ役を成功させて爽やかにハッピーエンド、という…。
主人公は「いじめられっ子」なんだけど「自己顕示欲」はやたら強い(この辺ちょっと「累」に通じる気がする)。
いじめられっ子ゆえに抑圧されていた奥底に眠っていた「強い心」が表面に現れた時に、人格が豹変し、超常能力まで発揮できるようになり、「シンデレラ役」を勝ち取ることが出来る。
商業誌だったらそもそもあり得ない安直設定なんですが、これをもうちょっとまともに構成し直したとして、この話の肝は「主人公が報いを受けない」所にあるんだと勝手に思ってます(勝手にと言っても自分が描いた物だから自由に解釈)。報いどころかそれを「強い心」で「みんなに勝ったわ、自分に勝ったわ」で終わり。
人を殺したと言っても直接手を下したわけじゃなくて、自分は意識のない所で念じたら相手が死んだってだけだけだから、法的に裁かれる事も無い。
子供心に
「悪いことをしたからと言って、報いを受けずに幸せなまま死んでいく人っていっぱいいるんだろうな~」
って思ってたような記憶があって。
例えばいじめっ子って「コミュ強」の人が多いから、いじめをした事さえ忘れて、コミュ強ゆえに友達は多くて、一生幸せなままだったりするけど、いじめられっ子は「コミュ弱者」の人が多いから、一緒孤独なまま、いじめにあったトラウマからおどおどしながら生きるる事になったりとかはざらにある事だと思います。
いじめっ子は、いじめられた側がいじめに耐え抜いて自〇とかしなければ大抵表面化もせず、また大勢でやるものなので、大多数である「いじめっ子側」が罰を受ける事ってまずないんですよね…。大勢でやるから、一人一人の罪の意識も低いから忘れちゃう。
イジメっ子が報いも受けずに幸せになる事が出来るなら、いじめられた側が悪い事をやり返して、幸せに終わるエンドもあって良いんじゃないか、という願望のままに描いたような記憶があるような無いような。
ただ、いかに主人公が可哀想な境遇にあろうと、人を殺して何の報いも無くハッピーエンドで終わるマンガがあったら絶対非難ごうごう…というか商業誌だったらそもそも発表すら出来ないだろうなぁ。自分でpixivとかで上げる分には発表は出来るかもだけど…そりゃボロカスに言われるかなぁ。
でもすごく才能のある方なら、大筋のストーリーは変えずに「なるほど!!」って納得のできるような演出が出来るのかも?悪い事をしたから即ちバッドエンド、じゃなくて、そこは敢えてのハッピーエンドで、説得力のあるものに出来たら…ある意味斬新な名作になり得ないか??なんてチラッと考えたのでありました。
ちなみに、このブログを書くにあたってその落書きマンガを読み返したんですが…、鉛筆の線って経年劣化で薄くなったりする??って思う位薄かった…。読みにくい。そして凄まじく字が汚いので…読むの苦労したわ~(;'∀')。写真に撮って一部公開しようかとも思ったけれど、絵も字も汚くて線が薄すぎたのでちょっとう~ん;;デジタルリマスターで発表するほどのもんでも無いし(T_T)。
もっと書きたいことはあったのですが(そのマンガを描くきっかけとなった子供の頃の体験談がありました)…、ぎっくり腰をやって以降、やはり長時間座っていると腰が痛くなって来たり、急激な気温差のせいか、ものすごく疲れやすくて頭がくらくらしたりするので…、この辺で。
はっ、疲れやすいって貧血のせいで?って思ったけど、採血をしたのはもう1ヶ月以上前だ。
家庭で小指とかちょっと穴開けて血を取って、チョコッとの血で手軽に血液検査~、が日常的に出来れば良いですよね…(血糖値測るだけならそういうのあった気がする)。年に一回の検査じゃ、たまたま一時的に異常が出る位あるでしょうし。将来的には、血圧計位の感じで家庭で血液検査が出来る機械が出るかもなぁ~、って期待してます。
ただでさえ、私は冬場が苦手なので…、あんまり寒いのを我慢せずに、光熱費は勿体ないですがヒーターに頼ります;;
今年は冬が遅かった割に「厳冬」の予報…、皆様も風邪など引かれませんように。
それでは、お読みくださいまして、有難うございました!!