
こんにちは、鈴豆です。
うっわ、ブログのストックが尽きかけてたっ。
ブログは休日に書くようにしてるんですが、3日に一度の更新で週二回しか書いてないとどんどん減っていくので…、たまに一日2記事書くとか連日で書くとか気をつけてるんですが、やはり寒いのが苦手で…、更に年末と言うダブルで苦手な時期が重なって、腰もやっぱり痛い(泣)。
年々体力が衰えてきていると実感する今日この頃、先日たまたま聴いた、優里さんの
「ビリミリオン」
と言う曲が心に刺さって。
鉄拳さんのパラパラマンガも必見です。
ある若者に、老人が、「残りの寿命の内50年を50億で買わせて欲しい」って言うんですね。一瞬若者は金に目がくらむ。自分はただ毎日寝て食べて働くだけのつまんない人生だし。
でもやっぱり若者はいきなり50歳も年を取っちゃうなんて嫌だ、こんな額で売れない、って言うと老人は「なら100億出そう。奥さんも子供も豪邸も仕事もつけてあげる」と提案するものの(いや、仕事はもう要らないんじゃ…)、やはり若者は、自分で未来を切り開ける今の自分が良いんだ、頑張って生きよう、で終わる。
老人は、多分「無気力で何のために生きてるのか解らないと嘆く若者に、若さのすばらしさを教える」ためにやって来た神様だったのでしょう。
この曲を聴いて、自分なら50年を50億で売るか?って考えてみました。
前提として、自分は20歳位で、50年寿命を売ったらいきなり70歳になっちゃうって事なんですよね。
…それなら私でも売らないな~、と。
50億だろうが100億だろうが、1000億だろうが、そこまで行ったら幾ら値段が上がっても同じでしょう。
私は大金がす~~~~~っごい欲しいし、有り余るほどの財があれば何でも出来る、贅沢の限りを尽くして暮らせる、って考えるだけでワクワクするタイプですけど…
お金はやっぱりあくまでも「人生を楽しむためのツール」でしかない。
そのお金を使って色んなことが出来るだけの若さとか健康とか命があってこそのものであって、お金を使う時間も体力も無くなるなら、何の意味も無いもの。
確かに50億あれば、ハイパーウルトラ高級老人ホームに入居して手厚く世話してもらえて、70歳位ならめちゃくちゃ腕のいいお医者さんや整体師さん、トレーナーさんとかに専属で付いてもらって、健康づくりを頑張ればまだまだ元気で、超豪華クルーズ旅行とかも行き放題で、後10数年程度、あらゆる贅沢を楽しみ孤独死とかも無縁で、立派なお葬式を出してもらって…、残りの人生に何の不安もなく過ごせるかもしれない。
…でも、20歳から70歳までの時間が空白になって、何の思い出もない、アルバムをめくれば真っ白…って事でしょ??
それは幾ら何でも虚し過ぎないだろうか。
誰か大切な人に寄付する??空白の人生でそんな大切な相手が見つかるか??
勿論、生涯で50億稼げるかというと、99.999%無理でしょう。
だけど、お金を稼ぐだけが人生の目的じゃないはず。
老人じゃどれだけ大金持ってても生きる価値が無いという事ではなく、あくまでも人生を積み重ねて来た上での、裕福で安定した老後には大いに意味があるし、たとえ裕福では無くても「今が一番楽しい」って笑えるご老人はとても素敵だと思います。それはやっぱり今までの酸いも甘いも味わってきた人生経験があってこそで。
歌詞にあるような、自分の人生に50億100億以上の価値がある、と言うのとはちょっと違うし、若いからといって何にでもなれる訳じゃない。もしも私が20歳の頃に若返られるとしても、パイロットや南極観測隊や宇宙飛行士になれるかと言うと、無理でしょう。能力的な物は勿論だけど、まず健康面でアウト。
「後悔しない選択」なんてのも無理。人生なんて後悔の連続でしょう。人生二周目でも無い限り、一切の後悔が無いなんてあり得ない。
まぁ、普通に就職して、節約しつつ何とか一人暮らしが出来るくらいで及第点じゃないかな?そんな人生なら、50億で売ってしまって、スペシャル贅沢謳歌老後生活を手に入れた方が良いかと言うと…、ん~~~~~、普通のどこにでもあるつまらない、後悔だらけの人生だとしても、その中で自分が本当に大事な物、好きな事、楽しい思い出って出来るもので、やっぱりそこはプライスレスだと思う。
そして、「体が痛くない」若い身体があるという事は本当に幸せな事で、若い頃はそんなものは当たり前だと思っていたから、ぎっくり腰の恐怖におびえなくて良い(泣)とか、何時間でも歩ける足とか、何を食べても特別異常値が出ない体とかを有難いと思っていなかった。正直もう「ケーキバイキング」にでも行こうもんなら一発KOで糖尿発症する自信があるわ。そもそもお腹がすぐに苦しくなるからバイキングに行きたいとも思えなくなった。
美味しいものが何でも食べられるのは若いから、健康だから。
勿論、美味しいものを食べられる程度の幾らかの金銭的余裕は必要ですが、高級品だけが「美味しもの」って訳じゃ無い。
年取ったら、お肉ダメ、魚卵ダメ、ジャンクフードダメ、甘いものダメって色々出てくるのよ。食べたいものを食べられないって辛いです。
上手く言語化出来ないのがもどかしいけど、
「自分の人生に100億の価値があるとは思っていないが、たとえ100億貰っても、それを使えるだけの体力と寿命が無くなるなら意味がないので売りません」
かな。使えないお金なんてただの紙屑、数字じゃん。
まぁ、経済面で何の心配も無い老後…、はめちゃくちゃ羨ましい。
そんな選択肢があるとしたら、売っても後悔、売らなくても後悔すると思う。思うような人生を歩めなかった時、こんな事ならあの時売っておけば良かった、って。
この曲のように、100%前向きな気持ちで「私でも売りません」と言っている訳では無いです。
もしも前提条件として、今20歳で、本来の寿命が80歳まであるとして、50年を売るのだから30歳でぽっくり死ぬ。ただし、死ぬまでの間はちゃんと20代の体力があるというなら…、ちょっと変わって来るかもしれないです。ただ、まだたったの20歳で、後10年で確実に死ぬというのが解っている上で、50億で贅沢をし尽くして楽しむぞ~~~、って心の底から割り切れるものなのかな?とは思う。
でももし、50年じゃ無くて、「5年を5億」だったら…、売るかも(笑)。
だって、5歳年取ったくらいなら…、「年齢相応の衰え」だけだったらそこまでじゃ無いと思うし、5億あったらそれこそ残りの人生十分贅沢の限りを尽くして楽しめますからね…。
今の私にとっては、5億も50億も大差ない。5億あれば十分、自分が欲しい生活は手に入ります。世界中に別荘建てようとか、大企業を買収しようとか、そんな事に興味がない。ただ、自分が快適に暮らせる住居と、代金を気にせず旅行に行けて、趣味とかに使えるお金も自由にあって、病気をしたら十分な治療を受ける事が出来て、介護が必要になったら気兼ねなくヘルパーさんを頼んだり、高級老人ホームに入れるくらいの額があれば良いんです。なので「5年を5億」で買って下さい。
逆に、100億払うんで20歳の頃に戻して下さい(勿論無利子無期限で貸してくれるなら~ですが)。100億なんてビットコインを出始めの頃に買えるだけ買っておけば余裕で返せるんで!!今20歳の若さが欲しいというより、20歳の頃に戻して下さい。未来が解るんだから無双です。とりあえずこの年齢までは大きな病気はせずに生きているのも知っているし。
…、優里さんが伝えたいであろうメッセージと全然違う結論に行ってしまいました、済みません。そして中盤のメロディーが難しくてまだ覚えられてないです。頑張ろ~(ラストの「がんばろ~がんばろ~」の所はどこかで聞き覚えがあるな~)。
でもお若い皆様には、身体が痛くない事は当たり前の事では無いし、どこにでも出かけられる体力がある、食事制限が無くて何でも食べられるって本当に幸せな事なので、今の幸せを噛み締めながら、可能な限りの経験を重ねて、
「良い人生だったな~」「楽しかったな~」「頑張ったな、充実してたな」
って最後に振り返られたなら、それが何よりの幸せだと思いますから、やりたいことは出来るだけ我慢せずに今出来る事を精一杯楽しんだりチャレンジしたり…、色々と頑張って欲しいな~、って思います。多少の無理がきくのも若い内だけですが…、無理をして早くに体を壊す事もありますので、無理はせずに。
さて、今回の「一日三捨て」行きたいと思います。

「Visual Basic」
「プリントゴッコ図案集」
「国語の教科書」等…。
VisualBasicはパソコン雑誌なんですが…、1999年の分!!
う~ん…、まだまだ大量にあるんですけど、流石に世紀末の分は…。
ある意味「歴史的資料」的な価値があるのかも知れないけど、とにかくまだまだ大量にあるんですわ。26年前のパソコンのテキスト(?)が本当に必要になる場面が想像出来ないです。付属もCD-ROMも開封した形跡すら無いし…。
プリントゴッコ図案集。絵が可愛かったら置いておきたい気持ちも無くは無かったんですが…、これは素敵!!って思うものは無くて。
プリントゴッコ用品もある意味では歴史的遺産と言えなくも無いんですが、本体自体は捨てちゃってますからね~。というかそろそろ年賀状を考える時期か~。あ~、本当年末年始って面倒くさい。
友だち同士では、年賀状じまいで~って言ってるんですけど、1枚も出さない、って言うのは現状ちょっと厳しくて。
「コミックテクノ」
これ意味不明で…、何か投稿してたっけ??って探したんですけど、自分の絵が載ってるのを見つけられなくて。投稿してボツ食らった??この雑誌は確か買う前に中見れてたので、ボツったのならそもそも買ってないはずで。応募用紙を切り取った後も無いから、次投稿するために買ったって訳でも無い。
何でこの号を買ったんだ、自分~~~~、ってうんうん悩んでます(苦笑)。
小学校の頃の国語の教科書、な、なんで取っておいたんだろ…???
そういえば、国語じゃ無くて「道徳」の教科書で、先生が子供の頃
「自分が病気をした時にお母さんが山を越えて卵を買って来てくれた」
みたいな話があったのを覚えてます。子供心にも
「いつの時代のどこの田舎の話やねん~~~」
と突っ込んでました;;って、道徳教育になってねぇ~~~。
それではそろそろ、本格的に寒くなる時期です。
どうぞ皆様も風邪など引かれませんように、何でも無い「普通」の日常こそ幸せな物ですから、お身体を壊されませんように。
お読みくださいまして、有難うございました!!